京急久里浜駅から山の手方向へ約十五分行くと、山ふところの奥に、日蓮宗は等覚寺がある。
ここは横須賀市久村。境内の観音堂には三浦観音札所第十六番の本尊、千手観音菩薩立像が安置され、
その両側にはニつの仁王像も。ともに平安時代の特徴を表し、昭和五十四年に横須賀市指定文化財となった。
等覚寺の前は岩戸に通ずる旧道である。岩戸に近い辺りに昔、念徳寺という古びた庵(いおり)があった。
等覚寺の開山、弾誓上人(一説には禅誉上人)が住んでいたメという。
そのころ、この辺りを浪人がうろつき弓矢で鳥を捕えていた。
とある日、上人が目にしたのは、一羽の鴨(カモ)がうずくまっている姿。
よく見ると、この鴨は雄鴨の首をくわえた雌鴨で、いかにも悲しそうな様子をしていた。
上人は、この辺りをうろつく狼人のしわざだろう、と思つた。
「よしよし仏果を授けて進ぜよう」と読経をしてやると、雌鴨は聴き入るように首をたれていたが、
やがてくわえた首をそこに置いて、どこかへ飛んで行った。
その日の夕方である。浪人が弓矢を手にして念徳寺へやって来た。寺の者が浪人に、上人のなさったことを話して聞かせた。
すると浪人は、自分の過去を深く恥じて、心を入れ換え菩提心を起こし「上人の弟子にしてほしい」と願い出た。
持つていた弓の弦をとりはずし、矢を切って「二度とこんなことはやらない」と誓った。
そして浪人は「上弓坊」と名乗り仏門に入った、といわれる。
以来、この峠の辺りを里人は「矢切りの峯」とか「矢切りの台」とか呼ぶようになった。
なお、等覚寺の名木しだれ桜は、すばらしい。境内には、天明元年(1781)に建てられた日蓮上人五百遠忌報恩塔などがある。
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