石井 昭 著   『ふるさと横須賀』

船越実業補習学校 @ 『造兵部職工を教育』
原文

 日露戦争が終わった翌年である。明治三十九年(1906)四月、今の京急田浦駅前の船越小学校、 当時の三浦郡田浦町立船越尋常高等小学校に、船越実業補習学校が併設された。 最初六、七十人の収容を考えていたが、応募者が二百人を超えた、という。この学校は、三十五年に公布された 実業補習学校令によるもので、職業に就こうとする小学校卒業生に、職業に関する知識や技能を授けることが目的だった。 明治四十三年からは、海軍工廠(しょう)造兵部の見習職工の教育を引き受けた。造兵部とは、軍艦などに必要な兵器 を製造、保管、供給する部門で、今の東芝横須賀工場のー帯にあつた。
さて、補習学校の授業の始まりが午後五時、見習職工の作業が終わるのも同じ午後五時。これでは時間の余裕がなく、 補習学校を欠席する者が出てきた。そこで明治四十五年に、海軍工廠長の名で「作業終了を繰り上げて午後四時とする。 補習学校を欠席した者は日給を半分に減らす」とした。以後、見習職工の出席率はよくなった。 大正二年(1913)に女子部ができ、四年には校名が、田浦町立船越工業補習学校に。生徒数は三カ年の本科が七百四十人、 短期間の専修科が延べ千人を超えた。県の実業教育補助金はふえ、十一年には優良実業補習学校として文部省から、 翌年には校長渡辺泰治が文部大臣から、それぞれ表彰された。渡辺はもともと船越尋常高等小学校長(七代目)。 明治四十年から昭和二年まで校長を務めた、という。
なお、大正九年十一月には教え子ら千三百人が、渡辺の勤続三十周年の祝賀会を開き、エンビ服など記念品や謝恩金四百六十円を贈つた。 渡辺は、この謝恩金を田浦町に寄付、町は「渡辺奨学基金」として学年末に、その利子を管内の各学校へ配分した。  なお、大正九年には、実業補習学校令が改正「補習学校という文字は除いてもよい」とされ、実業専修学校、 または家政女学校の性格を帯びるように発展した。
原本記載写真
明治末から昭和の初めにかけて、実業補修学校は産業の担い手を育てた。船越の補習学校の場合、 海軍工廠(しょう)造兵部工員の教育も引き受けた。写真は、大正2年3月の本科卒業生=横須賀市山中町65 徳永嘉一さん提供

船越実業補習学校 A 『産業のために活躍』
原文

実業補習学校は中学校などに比べて、すべての点で恵まれていなかった。たとえば、大正十五年(1926)の場合の 専任教員を全国的にみると、中学校は一校二十人で生徒二十八人にー人、高等女学校はー校十五人で生徒二十五人にー人の割。 補習学校はー校わずかー人で生徒八十人にー人に過ぎなかった。 しかし、軍需産業に限らず日本の産業のために最も活躍したのは、補習学校の出身者だった、といわれる。 そのー人 生前、横須賀市山中町にお住まいだった徳永要太郎さん。明治二十七年生まれ、逸見尋常小学校やハ幡山高等小学校を卒業後、 海軍工廠(しょう)造兵部に務める傍ら、補習学校へ通い続け電気学を身につけた。要太郎さんの長男、嘉一さん(六十五)の手元に今、卒業証書などが残っている。 要太郎さんは、大正二年三月に本科甲科(三カ年)を卒業。その後、四回にわたって専修コースに学んだ。 翌三年三月に電気工学専修科、四年四月に電気工学科(電力、交流理論、直流電機、電機実験法)、五年四月に微積分、電気工学専修科、 間をおいて八年四月に電気工学二期、三角専修科を、それぞれ修了。 約十年間、造兵都の務め帰りに学び、夜遅く田浦泉町から十三峠を越え、馬道から山中へと家路を急いだ。 昭和十九年まで造兵部に務め、終戦を東京の監督官事務所で迎えた。  勤勉力行の要太郎さんは余暇を正派薩摩(さつま)琵琶(びわ)の修業に費やした。「現代琵琶名人録=最近琵琶発達史」(大正十一年刊)では写真入りで、 こう紹介されている。 「…大正八年十一月、竟(つい)に師の許しを得て船越支部を開設し、あくる九年、湘峻(しょうしゆん)の雅号を授けられ、 自己の研磨と子弟の教養に鋭意しつつある。得意な歌曲は『高千穂』『台湾入り』『本能寺』『常陸(ひたち)丸』など。 君は湘岳師の門下生、屈指の弾奏手であって横須賀に於ける正派の花形である」
原本記載写真
実業補習字校の出身者は軍需産業に限らず、日本の産業発展のために活躍したといわれる。写真は、 海軍工廠造兵部に勤務中、船越実業補修学校に学んだ徳永要太郎さんの証書=横須賀市山中町65 徳永嘉一さん提供

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