べリー記念碑前の久里浜海岸でー月八日午前十時、久里浜町内会による「どんど焼」が行われた。
前日までに集められた、お飾りや門松で組立てた高さ約五bの「おんべ」を囲む人たちは七、八百人か。一番電車で駆け付けるファンも。火付けは五人の子供たちだ。勢いよく燃え上がる。竹のはじける音もする火柱を囲んで、無病息災や家内安全を祈る。竹につるしたたくさんのもちが、ほどよく焼ける。あとでおしるこに入れてふるまうそうな。久里浜の「どんど焼」は戦前「さいとんび」と呼ばれた。正月の三が日、子供たちは色紙で先端を飾ったモウソウ竹を担ぎ「さいとんび、祝わっせ」と、里のすみずみまでふれ回った。町内会長の鈴木福蔵さんにお話をうかがった。
婦人部が防火訓練を兼ねて炊き出し、地元の消防分団も、という訳で、地域挙げての催し物ですよ。炊き出しは、日ごろ炊飯器のお母さん方にとっては貴重な体験のようです。それは、住吉神社の大住寛さんによる昇神祭で幕開けというのも、久里浜の特色でしょう」
祝詞(のりと)は「東に東京湾の海原(うなばら)が広に続き、遠く美しい房総半島を眺む久里浜海岸を、きょうの斎庭(ゆには)と祓(はらい)清め・・・」で始まる。「どんど焼」らしい部分は、次のあたり。「…種々の味物(ためつもの)を献(たて)奉り、忌火(いみび)以(も)ちて御氏子の子等、古き御神札、御守符を焼上げ奉らむ状を平らけく安らけく聞食(きこしめ)し給ひ・・・(後略)」
大住さんは「お札などを焼き上げ、神々をそれぞれの本都御社(もとみやしろ)にお帰り願って、新しいお札やお守りによる、この一年の無病息災を祈る訳です」とおっしゃる。
|