石井 昭 著 『ふるさと横須賀』
横須賀村 『潮サイとわらブキ』 |
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「横須賀村 江戸より行程十五里余、家数二百一、小名(こな)、坂本、塩入、横須賀、楠ケ浦、塔ケ谷、堂ケ塚、長峯、泊り」 これは天保十一年(1840)刊行の「新編相模国風土記稿」にある。 小名の横須賀は今の本町辺りで、楠ケ浦以下は米海軍基地とその周辺。 これらに、今の坂本町と汐入町をあわせたのが、当時の横須賀村だった。ちなみに、周辺の戸数は、上町が中心の公郷村はニ百五十戸、逸見村八十戸、不入斗(いりやまず>村 三十七戸、佐野村三十三戸、深田村十八戸、中里村十九戸である。 明治四年(1871)に汐入の唐沢が埋め立てられ、港町が誕生、逸見村と地続きになった。 十一、二年に、時の初代三浦郡長、小川茂周(しげちか)の姓をとって小川町、また、鴨居の若松屋・高 橋家の屋号をとった若松町も。 明治五年に戸籍法が定められ戸籍事務上、三浦郡七十七ヵ村が次のとおり十区 に分けられた。 第一区=公郷村、深田村、中里村、佐野村、不入斗村、横須賀村、逸見村、長浦村、浦郷村、田浦村。 第二区=鴨居村、岩戸村、大矢部村、小矢部村、森崎村、池上村、金谷村、大津村、上平作村、下平作村、走水村。 第三区=小坪村、久野谷村、柏原村、山野根村、桜山村、逗子村、沼間村、長柄村、池上村。 第四区=堀之内村、一色村、上山口村、下山口村、木古庭村。 第五区=浦賀村。 第六区=内川新田、八幡久里浜村、佐原村、久村、衣笠村、須軽谷村、野比村、長沢村。 第七区=秋谷村、芦名村、長坂村、荻野村、太田和村、武村、長井村。 第八区=佐島村、林村、本和田村、入江新田、赤羽根村、竹之下村、高円坊村、下宮田村、三戸村、小網代村、諸磯村。 第九区=原村、東岡村、三崎村、城ケ島村、宮川村、二町谷村、中町岡村、向ケ崎村、城村。 第十区=毘沙門村、松輪村、金田村、菊名村、上宮田村、津久井村。 横須賀村は、明治八年に横須賀町となり、四十年に横須賀市となつた。
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120年ほど前のことである。慶応元年(1865)、横須賀は206戸の小漁村。その範囲は、今の米海軍基地とその周辺 それに汐入町、坂本町だった。写真は、明治3年(1870)ごろの村の一部=「目で見る横須賀100年」 から |
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